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【学内限定】IGIセミナー「身体運動および健康科学から考えるジェンダード・イノベーションの視点」(2025年11月26日)
IGIセミナー「身体運動および健康科学から考えるジェンダード・イノベーションの視点」(2025年度第3回)
ヒトの身体には明確な性差が存在するにもかかわらず、従来の科学研究は男性を主たる対象として蓄積された成果がエビデンスとされてきた。一方、月経・妊娠・出産・閉経は女性固有のライフイベントであり、健康に長期的影響を及ぼす。講演者は、身体運動科学、とりわけダンスを対象とした研究を通じて、性に関わる身体表現の文化的差異を含む、ダンスという運動の可能性を検証してきた。本講演では身体運動と健康の観点から女性の身体を再考し、ジェンダード・イノベーションの新たな可能性を検討する。
開催概要
日時 | 2025年11月26日(水曜日) 09時30分~10時30分 |
|---|---|
| 開催方法 | Zoomミーティング |
| 対象 | お茶の水女子大学の学部生、大学院生、教職員など学内の方(お茶大のメールアドレスをお持ちの方) |
| 講師 | 水村真由美 (文教育学部芸術・表現行動学科 教授) |
| 申込 | 参加費無料・要事前申込(11月25日(火曜日)12時締切) お申込みはこちら |
| 主催 | ジェンダード・イノベーション研究所 (IGI) |
| 問合先 | E-mail:ocha-igi@cc.ocha.ac.jp |
開催報告
2025年11月26日(水)、水村真由美先生を講師に迎え「身体運動および健康科学から考えるジェンダード・イノベーションの視点」をテーマに講演をいただいた。講演では、身体運動から考えるジェンダー、健康とジェンダード・イノベーション、身体運動科学と女性など、多岐にわたる話題が提供された。
まず、水村先生ご自身のキャリア形成に大きな影響を与えたダンスとの出会い、研究者となるまでの歩みが紹介された。幼少期からのバレエ経験と大学での創作ダンスとの出会いが、身体運動への関心を大きく育て、現在の専門分野へとつながったという。また、研究・出産・育児を同時に進めてきた経験や、当時の女性研究者を取り巻く環境の課題にも言及し、それらの経験が現在のジェンダー研究や女性の健康支援への動機になっていることが語られた。
続いて、ダンスを題材に、身体動作に内在するジェンダー表現の分析報告があった。たとえば阿波踊りでは、男踊りは膝を高く上げ外股で力強く踏み込む一方、女踊りは内股でつま先立ちの姿勢を保ち、繊細な所作が求められる。これらの差異は身体的能力の違いではなく、歴史的・文化的に付与されてきたジェンダー規範が反映されているのである。
モーションキャプチャーを用いた日本舞踊の分析では、男性舞踊家が女性役を演じる際、足首の角度や末端部の動きが特徴的で、女性舞踊家が女性役を演じた時の動きとは異なることが明らかにされた。日本舞踊とバレエを比較してみると、調査者が女性らしいと感じる動きの要素が異なり、日本舞踊は曲線的な所作、バレエはつま先立ちによる高さが印象に影響していた。これらの結果は、身体表現が文化固有のジェンダー観によって形成され、同じ女性役であってもジャンルや背景によりその表象が大きく変化することを示している。
後半では、女性の健康課題とイノベーションの必要性が取り上げられた。女性の健康は、生理・妊娠・出産・産後・更年期といったライフステージごとに大きく変動し、その影響は日常生活だけでなく、就業・キャリア形成にも直結する。しかし女性の健康課題は長らく個人の問題として扱われ、共有しにくく、相談や支援につながりにくい状況であった。特に月経痛やPMS(月経前症候群)、更年期症状などは、外から見えにくく、本人も我慢するべきものと捉えてしまいがちである。結果として、プレゼンティズム(健康問題による出勤時の生産性低下)やアブセンティズム(健康問題による欠勤)が発生し、企業や社会全体にとっても大きな損失につながっている。こうした状況を変える鍵として注目されているのが、フェムテックに代表される「健康×技術」のイノベーションである。月経カップや骨盤底筋トレーニングデバイス、オンライン相談サービスなど、女性自身が身体を理解し管理できるツールが増え、アクセスしづらかった医療・専門知識にデジタルを通じて到達できる環境が整いつつある。また、水村先生が取り組む更年期チャット相談など、専門家とオンラインでつながる仕組みは、ヘルスリテラシー向上の面でも大きな効果が期待されている。
さらに、スポーツ科学領域におけるジェンダーギャップについて説明があった。スポーツ科学領域では、学会に投稿される論文の多くは男性研究者によるもので、研究対象も男性が中心であるため、女性特有の身体特性や健康課題が十分に扱われてこなかった。たとえば、妊娠期の姿勢変化やスポーツブラの必要性、女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:利用可能エネルギー不足・無月経・骨粗鬆症)などの女性に固有の問題は、研究の周縁に置かれがちである。また、女性の社会進出が進む一方で、指導者層は依然として男性優位であり、競技現場の意思決定にも偏りがみられる。こうした状況は「標準」とされる科学知が男性基準に傾くことを意味し、女性の健康・パフォーマンス支援に十分応えられないおそれがあるという課題を生んでいる。こうした状況を踏まえると、スポーツ科学の発展には、女性の身体性を適切に扱う研究の拡充と、意思決定層の多様化が欠かせないといえる。
本講演では、水村先生ご自身の歩みと研究テーマが密接に結びついている点が印象的であった。また、阿波踊りや日本舞踊、バレエなどのさまざまなジャンルの身体動作の分析を通してジェンダーを読み解くことは、文化的背景や身体の使い方の違いという言語化しにくい文化規範の可視化につながり、異文化理解やジェンダー研究に新たな視座を提供するものである。身体動作に関する研究と併せて女性の健康支援にも注力されており、今後の展開が注目される。
記録担当:相川頌子(IGI 特任講師)
【参加者数】18名
講師紹介
水村真由美

お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科卒業後、東京大学大学院教育学研究科体育学スポーツ科学専攻(現・身体教育学)に進学し博士(教育学)を取得。東京大学教育学部助手、お茶の水女子大学文教育学部講師、助教授、准教授を経て現職(お茶大教員歴28年)。研究キーワードは、身体運動・運動生理・画像解析・舞踊動作・健康科学、芸術医科学、感性工学など。研究対象は、幼児から高齢者、障害者や疾病を罹患する患者まで、あらゆる人の身体と動作の可塑性を健康の観点を含めて研究している。特に舞踊を対象とした自然科学的研究はライフワークとして実践に応用できる研究活動も行っている。
