Investigation on GI 2022 ジェンダード・イノベーションに関する調査(2022年度)
ジェンダード・イノベーションに関する調査
本学では、令和3 年度に採択された内閣府「国立大学イノベーション創出環境強化事業」の採択を受け、産官学連携の拡大に向けて舵を切る大学経営の変革に着手した。産学連携の拡大を先導する研究分野が、本研究所を核として進めるジェンダード・イノベーションである。社会への還元を目指したジェンダード・イノベーション研究を進めるうえで、先行する米国・欧州の社会実装に関する実態を把握し、国際産学連携活動に反映することは必須である。このような背景から、本事業の一環として日本および米国・欧州におけるジェンダード・イノベーションに関する特許調査、およびマーケット調査を外部委託により実施した。
ジェンダード・イノベーションに関する特許調査
国際企業の特許調査
先行する米国・欧州の特許の実態を把握し、どの地域においてどのような技術分野で権利化が行われているかを分析するために、ジェンダード・イノベーションに関する国際特許の調査を行った。
医療・ライフサイエンス、農業・食物、モビリティ、都市、コロナ感染症における名称・要約・請求項においてGender が含まれる特許を検索した。なお、医療・ライフサイエンス分野のヒット数が多かったため、本文全文において(Gender+Sex+Sexual)の単語の近くに(Differenceplus+Gap+Dimorphism+Equality+Equal+Equalize+Fair+Unfair)が存在するという条件も付加して検索した。
- 調査対象国:米国特許、欧州特許、WO
- 調査ツール:SRPARTNER DBによる特許分類及びキーワード検索
- 調査範囲:データベース収録下限から2022 年5 月31 日
- 調査分野:① 医療・ライフサイエンス
② 農業・食物
③ モビリティ
④ 都市
⑤ コロナ感染症
続いて、ヒットしてきた特許に関して、ファミリー出願の重複を除去し、目視で性別に特徴がある特許公報を抽出した。その結果、医療・ライフサイエンス分野では、診断・治療、医療用機器、製薬、衛生用品等に関する23 件の特許が抽出された。農業・食物では、栄養補給物や食物 摂取支援システムなどに関する9 件の特許が抽出された。モビリティ分野では、乗員の安全性の向上、運転中の快適性の向上に関する9 件の特許が抽出された。都市分野とコロナ感染症に関しては、それぞれ1 件しかヒットしなかった。都市分野においては、建築を調査対象にしていなかったこと、コロナ感染症に関しては、時期的に公開されているものが少ないことが理由と考えられた。
国際IT企業の特許調査
本研究所の内田史彦特任教授の事前調査では、「ジェンダー」をキーワード(名称、要約、特許請求の範囲)とする国際特許の99.7% が日本国以外の国々の特許であった。また、特許出願件数のTOP5 は、IBM、Samsung、Microsoft、Facebook、Google という巨大IT企業であった。社会への還元を目指したジェンダード・イノベーション研究を進めるうえで、先行する米国・欧州の特許の実態を把握し、どの地域においてどのような技術分野で権利化が行われているのかを分析したうえで、研究の戦略の立案や民間企業への連携の提案をすることは大学にとって極めて重要である。とりわけ、このような巨大IT 企業が、どのような製品・技術分野で特許を獲得しているかを把握することは、わが国のジェンダード・イノベーションの研究開発にとっても重要な知見となる。上記の背景から、上述のTOP5 にApple、Amazon を加えた世界的な巨大IT 企業7 社について、「ジェンダー」をキーワードとする特許の調査を行った。
IBM、Samsung、Microsoft、Facebook、Google、Amazon、Apple を調査対象に名称・要約・請求項において(ジェンダー+ 性別+Gender)で検索した。
- 調査対象国と文献:米国特許、欧州特許、日本国特許、WO (PCT 出願)
- 調査ツール:Japio-GPG/FX によるキーワード検索(ジェンダー+性別+Gender)
- 調査範囲:2001 年1 月1 日~2021 年12 月31 日(20 年間)
ファミリー出願やそのほかのノイズを除去した結果、822 件の特許がヒットした。特許の件数は、Samsung が一番多く、順にIBM、Microsoft、Facebook、Google、Amazon、Apple だった。さらに、目視で、特に「性別」に特徴があるものを注目特許として40 件抽出した。注目特許の技術分野は、画像認識/ 顔認識、テキスト分析/ 言語処理が多かった。さらに、単に性別データを用いているのではなく、積極的に性差等の改善を目的としているものを最重要特許として5 件抽出した。うち4 件はAI を用いており、2016 年に米国におけるAIの規制、公平性などが論じられるようになって特許出願されるようになったと推測される。
ジェンダード・イノベーションに関するマーケット調査
日本および米国・欧州における、ジェンダード・イノベーションの実態ならびに研究の事業化を把握するために、ヒアリング調査および文献調査により国内外における具体的事例の調査を行った。
- 調査対象国:日欧米
- 調査方法:ヒアリング調査、文献調査
- 調査対象:① 医療・ライフサイエンス
② 農業・食物
③ モビリティ
④ 都市
⑤ コロナ感染症
⑥ その他 - 調査項目:事業化された製品・事業内容、ジェンダード・イノベーションの視点、企業名、売り上
げ規模等
欧米におけるジェンダード・イノベーションの動向に関して、ジェンダード・イノベーションの専門家である3 名に対して、ジェンダード・イノベーションの目的、企業によるジェンダード・イノベーションの事業化例、ジェンダード・イノベーションに関する研究、および事業化における課題についてヒアリング調査を行った。
ジェンダード・イノベーションを提唱したロンダ・シービンガー教授(スタンフォード大学)は、「ジェンダード・イノベーションの目的は、学術研究において、ジェンダード・イノベーションの視点を含めることにより、研究における公平性、科学的・技術的な卓越性、そして環境の持続可能性の向上を目指しているため、企業ではなく、研究者及び欧州員会などの政策立案者が普及対象にしている。ジェンダード・イノベーションを企業で普及させるためには、性差・ジェンダー交差分析によって改善された実際の製品の事例に関して経済分析を行い、付加価値を見出すことが良い手段になると思う」という意見をいただいた。また、マルティナ・シュロードナー教授(ベルリン工科大学)によると、ベルリン工科大学では民間研究機関であるNexus Institute が共同で企業や役員のアドバイザーを対象にジェンダード・イノベーションを教える教育プログラムを企画しているとのことである。レンブラント・コーニング助教授(ハーバード・ビジネス・スクール)は、ビジネススクールのカリキュラムの早い段階から女性の健康にかかわるビジネスにまつわるストーリーを授業に取り入れることがジェンダード・イノベーションの概念を教えていくために効果的であることや、ベンチャーキャピタリストの9 割以上が男性であるため、女性のニーズを狙ったアイデアは理解してもらえず、スタートアップの資金調達は難しい現実があるということ、ただ、女性の健康に焦点をあてたフェムテック事業では大きな資金調達をする事例も増えてきており、徐々に性別やジェンダーによって固有の問題があるという事実に世間が気づき始めてきてるということなどの意見を伺った。また、事業化例としては、SynCardia 社が製造している女性や子どもの身体に適した大きさの人工心臓、スタンフォード大学発のスタートアップEvvy が開発した膣感染症の自宅検査システム、様々な肌の色に合わせ下着を販売している英国のNubianSkin、遠隔医療をベースにした女性とその家族のためのクリニックであるMaven Clinic などの紹介があった。
また、文献や企業へのヒアリングにより日欧米におけるジェンダード・イノベーション視点に基づく製品・サービス事例も調査も行い、様々な分野における数多くの事例が示された。Volvo は、男性よりも女性のほうがむち打ち症のリスクが高いという性差を踏まえて、むち打ち症防止安全装置を開発し、女性のむち打ちのリスクが75%まで削減させている。また、男女の泌尿器構造の違いを踏まえた女性用体外式排尿カテーテルとして初めて発売されたPureWick は、女性の尿路感染症や皮膚トラブルを低減させることが期待できる。一方、性差を強調しすぎていたり、データが乏しい製品も含まれており、ジェンダーに対するリテラシーを高めながらジェンダード・イノベーションを正しく理解し、社会実装を進めていくことも重要であると考えられる。