News お知らせ

教育IGIセミナー

【学内限定】IGIセミナー「わかりあうためのバーチャルリアリティ」(2025年7月16日)

IGIセミナー「わかりあうためのバーチャルリアリティ」(2025年度第2回)

バーチャルリアリティでは、ユーザの周囲の環境を人工的な環境に置き換えて感じさせるだけでなく、ユーザ自身の身体までもが実際とは異なる身体であるように感じさせることができ、ユーザは異なる立場の人の身体的・感覚的経験を自分ごととして体験できます。本講演ではこうしたバーチャルリアリティの特性を活用して自分を見つめ直したり、他者との相互理解を促進したり、新たな社会的関係の構築を支援する研究について紹介し、この種の技術の可能性や限界について議論します。

ポスターのPDFファイルはこちら

開催概要

日時

2025年7月16日(水曜日) 09時30分~10時30分

開催方法Zoomミーティング
対象お茶の水女子大学の学部生、大学院生、教職員など学内の方(お茶大のメールアドレスをお持ちの方)
講師鳴海拓志(東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授)
                 ※お茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 准教授兼任
申込

参加費無料・要事前申込(7月15日(火曜日)12時締切)

お申込みはこちら 
https://forms.gle/erCN3z4pwJYb5j2n7

主催ジェンダード・イノベーション研究所 (IGI)
問合先

E-mail:ocha-igi@cc.ocha.ac.jp

 

開催報告

2025年7月16日(水)、IGI学内セミナー「わかり合うためのバーチャルリアリティ」をオンラインで開催した。講師として、クロスアポイントメントにより本学でも研究・教育に携わる東京大学大学院准教授の鳴海拓志先生をお迎えした。

鳴海先生のご専門は、VR(バーチャルリアリティ)・AR(拡張現実) を含む五感情報処理を対象としたクロスモーダルインターフェースおよび人間拡張工学である。近年、VR研究においても、心理学領域と同様に「再現性の問題」が重要な課題として認識されているという。従来の研究は青年男性を主たる対象とするものが多く、この偏重が研究知見の一般化を制限してきた可能性が指摘されている。また、直近の研究では、VRへの没入度や触覚刺激の知覚において性差が確認されており、研究成果の妥当性を高めるためには、性別・年齢・社会的背景の異なる多様な参加者を研究デザインに組み入れることが不可欠となっている。セミナーではジェンダード・イノベーションを踏まえつつ、VR技術が身体性および認知過程に及ぼす影響、VRを活用した他者理解の可能性へと議論が展開された。

まず、VRが生む「身体化(エンボディメント)」によって、アバターの外見が行動や認知に影響する事例が紹介された。たとえば、筋肉質のアバターを用いるとダンベルの重さが軽く感じられること、アインシュタインのアバターを使用すると認知課題の成績が上がること、ソムリエのアバターではワインの味わいの捉え方が洗練されることなどである。これらは「プロテウス効果」と呼ばれ、外見に紐づくステレオタイプが自己評価に影響し、行動を変える現象として知られている。ただし、アバターの外見的特徴に依拠することは、社会的ステレオタイプを再生産する危険性もあり、その効果と個人差についても十分な検証が必要である。

アバターを介した身体的経験では、分身ロボットを活用した事例も進展している。東京の日本橋にある分身ロボット「OriHime」を用いたカフェでは、外出が困難な人々がロボットを遠隔操作し、接客業務を行っている。OriHimeを介することで、相手との関係が障害者と健常者という固定化した枠組みから離れ、対等で自然なコミュニケーションが生まれるのである。さらに、自身の希望する外見を反映したアバターを用いて接客する取組では、外見に対する社会のまなざしから一度離れ、望むジェンダー・自己像を表現できるため、自信や自己肯定感が高まることも確認されている。分身ロボットとアバターは、人々が自分らしい形で社会参加し、心の負担を軽減しながら働くことを可能にする技術といえるだろう。

自己の身体的経験にとどまらず、VRを用いた他者視点取得(Virtual Reality Perspective Taking)についても説明があった。黒人差別を体験するVRや、DV被害を体験するプログラムなどは、強い情動的共感(他者の悲しみを共有し自身も悲しくなること:感情の共有)を得られる一方、認知的共感(他者の状況や背景を理解すること:視点の取得)には繋がりにくいという課題もある。鳴海先生のチームでは、この課題を補うため、VR体験と当事者との対話を組み合わせたワークショップを提案している。たとえば、子育て中の社員の経験を共有する取組では、参加者が「仕事を依頼する上司」と「子育て中の社員」の両方の立場を VR を通して体験する。その結果、互いの状況への理解が深まり、職場の議論もより建設的なものに変化したという効果があった。こうした事例から、共通の体験と対話を繰り返し行うことが、情動面と認知面の双方で共感を生み出すうえで有効的である。

最後に、多様な人生のターニングポイントをメタバース空間として再現し、当事者とともに体験するプロジェクトについて報告があった。他者の人生を追体験し、語り合うことで、自己理解や他者理解が深まる新しいコミュニケーション手法である。本プロジェクトは大阪・関西万博やメタバース上で公開されており、他者の人生を追体験し理解を深める経験を広く提供している。

本セミナーを通じて、VRが単なる技術ではなく、人間の認知や社会参加の在り方を大きく変える可能性を持つことを改めて認識した。とりわけ、アバターや分身ロボットを介することで、社会的なまなざしや身体的制約から一時的に解放され、自分らしい姿で他者と関わることができる点は、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から重要な示唆を与えるものであった。また、VR体験と対話を組み合わせる手法により、他者理解を深め、職場や社会における共感的な関係構築に寄与する可能性も示された。今後、技術を介した人と人との理解促進に向けたアプローチは、さらなる発展を遂げるだろう。

記録担当:相川頌子(IGI 特任講師)

【参加者数】16名

講師紹介

鳴海 拓志

2006年東京大学工学部システム創成学科卒業。2008年同大学大学院学際情報学府修了。2011年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻助教、講師を経て、2019年より准教授、現在に至る。クロスアポイントメントによりお茶の水女子大学基幹研究院自然科学系准教授を兼任。クロスモーダルインタフェース、ゴーストエンジニアリングに関する研究に従事。博士(工学)。