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【学内限定】IGIセミナー「ジェンダーに関する国際規格ISO53800の紹介」(2025年6月11日)

IGIセミナー「ジェンダーに関する国際規格ISO53800の紹介」(2025年度第1回)

 ISO 53800は2024年に発行された、国際標準化機構(ISO)初のジェンダーに関するガイドライン規格です。このガイドラインは、産官学におけるジェンダー平等の促進に向けた国際的枠組みを提供するものです。

本セミナーでは、国内で、国際標準規格の開発と普及を行う日本の専門組織、一般財団法人 日本規格協会の山崎朋子さんにお越しいただき、ISOの概要およびISO 53800の開発経緯や活用方法について解説していただきます。

ポスターのPDFファイルはこちら

開催概要

日時2025年6月11日(水曜日)09時30分~10時30分

会場

国際交流留学生プラザ3階セミナー室
対象お茶の水女子大学の学部生、大学院生、教職員など学内の方

スピーカー

山崎 朋子(一般財団法人 日本規格協会)

開催報告

2024年に国際標準化機構(ISO)より発行されたISO53800は、組織におけるジェンダー平等および女性のエンパワーメント推進のためのガイドラインである。本規格は、公的機関・民間企業・非営利組織を含むあらゆる組織を対象に、組織文化、意思決定、労働慣行、対外的コミュニケーションなど複数の領域における包括的な枠組みを提供する。
講演者の山崎朋子氏は、一般財団法人日本規格協会で、国際規格の開発に長年携わってこられ、ISO 53800の策定にも委員として毎回参加してこられた。今回の講演では、規格の背景、構造、内容、実践可能性、そして国際的な議論の過程について解説をいただいた。
一般財団法人日本規格協会は1945年に設立され、標準化やJIS規格を通して、品質管理と適合性評価の両面から、日本のものづくりと人作りの基盤となる活動を展開している。

ご講演ではまず、標準化が「実在する問題や起こりうる問題に対して、関係者の合意を通じて最適な秩序を形成する技術的・社会的な取り決めである」ということが確認された。標準化の対象はネジをはじめとするモノが対象だったが、最近では標識や安全マーク、そして障害者や高齢者への配慮といった社会課題も対象となっている。ISO53800もそうした社会課題を対象とした国際規格の一つである。

次に、国際的な標準化組織である国際標準化機構(ISO)についてご説明いただいた。ISOは1946年に設立された民間の国際的NGOであり、現在は172カ国が参加している。各国からは1つの標準化機関が代表として参加しており、日本は産業標準調査会がその役割を担っている。ISOの運営は各国からの分担金や規格書販売によって支えられており、2024年末時点で約2万5000の国際規格が存在する。これらの規格は、物資やサービスの円滑な交換を可能にし、イノベーションの促進にも貢献している。

今回紹介いただいたISO53800は、フランスによる提案を起点として始まり、50カ国以上の専門家が関与して約4年をかけて2024年に完成した。フランスからの提案の背景には、女性や少女に対する差別が依然として多くの社会に存在している現実があるようである。策定に向けた議論の過程では、LGBTQを含めた包括性についても論点となったが、まず女性への構造的不平等を可視化・是正するところからスタートすべきとの判断がなされたという。

本規格では、①組織内部の活動、②投資・取引関係、③内外のコミュニケーション、④対外的な活動の4領域にわたって、段階的な方法論が提示されており、155項目にわたる具体的施策が例示されている。たとえば、採用活動においてマイノリティ性別の候補者を含めること、昇進に際して無意識バイアスを排除するための客観的評価基準を設けること、意思決定において男女同数の委員会構成を推奨することなどが挙げられる。内容が多岐にわたるため、どこから取り組めばいいかわからないとの声も聞かれるが、コミュニティーごとに状況は異なるため、取り組めるところからとされている。本規格の策定に関わった日本の専門家は、女性のエンパワーメント原則(WEPS)を補完するものとして活用するとうまくいくのではないかとおっしゃっていた。

また、グッドプラクティスを紹介する附属書Cでは各国の事例が紹介されており、その中では明示的には書いていないが、日本の地方自治体における取り組みも紹介されている。これは兵庫県豊岡市の取り組みで、保守的なジェンダー規範を変革するために、教育用のマンガや参加型のプログラムを用いて、地域社会における意識変容を促したことが評価されている。

なお、本規格は、第三者機関による認証を受けることを想定した「マネジメントシステム認証」ではない。したがって、実践はあくまで組織の自主性に委ねられている。強制力のない点が弱点ではある。しかし欧州では企業にジェンダー平等のための取り組みを求めることも増えている。山崎氏は、ISO53800を活用して、組織をより良い方向に向かわせてほしいとして、講演を締め括られた。

ISO53800について、ISOの成り立ちから詳細に教えていただくことができた。また参加者からの質疑にお答えくださり、各自の疑問を解消くださった。なおISO53800ガイドラインの中では、交差性にも言及されている。ご講演の中で、策定が議論される段階から、指針の包括性が意識されていたこともお聞きし、この規格ガイドラインがジェンダード・イノベーションと同様の方向性を持ったものであるとの認識をさらに強めた。ジェンダード・イノベーションと関連する重要な事例として、今後もISO53800についての学びを深め、研究所内外で紹介していきたい。なおIGIでは、ISO53800の日英冊子版とデジタル版を購入し大学附属図書館に納めた。関心のある方はぜひお手に取っていただきたい。

記録担当:渡部麻衣子(IGI特任准教授)

【参加者数】10名

質疑応答

1.ISO53800はガイドラインとのことだが、さまざまな使われ方が乱立する懸念はないのか。その点は管理されるのか。

規格を開発したISOとしては、そのような状況を管理するつもりはない。乱立した結果問題が生じれば、第三者認証の必要性が共有され、規格をマネジメントシステムとして書き直し、認証制度がスタートするということもあり得る。この規格についてはしばらく様子見であろうと思っている。

2.他機関によるプロジェクトの場合の使い方を教えていただきたい。プロジェクトに参加する全ての企業に規格の遵守を求めるべきか。参加企業が多様な立ち位置に立っていることは問題にはならないか。

参加するすべての企業に求めることは遵守を求めることも可能ではあるが、厳密に求める必要はないのではないか。プロジェクトをどのようなマインドでやろうとしているのか、ということに関する指針であり、参加企業が多様な立ち位置に立っていること自体は問題とはならない。

3.豊岡市の事例の中でコミックアニメが評価されたということだが、どのような点が評価されたのか。制作過程も含めて、ガイドラインに沿っていることが評価されたのか。

豊岡市の事例は、地方自治体におけるジェンダーに配慮した取り組みの良い事例として紹介されているので、ガイドラインに逐一沿っていることが評価されたということではない。

4.ISO53800の策定には日本からはどのような方が参加されたのか。写真を見ると女性が多いようだが。

専門家は女性が一人、政府から内閣府の男女共同参画局の方が数名参加されていた。この規格に関してはエンジニアの方は入っていらっしゃらなかった。またこの規格開発に関しては、男性のエキスパートは少なかった。

5.認証を意図していないISO規格で、認証化された規格はあるか。

ある。たとえばISO 26000など。規格開発者は認証を意図していないが、利用者から認証化してほしいとの声があり、認証を請け負う第三者認証機関が出てきている。

6.ジェンダード・イノベーション研究所が、ISO53800と関わっていくとしたら、認証以外ではどのような進め方があり得るか、教えていただきたい。

ISO53800の中で何に取り組むかを決めていただき、実行していただくことで、ISO53800の理想に近づいていく。そうなれば、そのことを大学のホームページ等で、ISO53800に沿った取り組みを行っているということをアピールしていただくことが可能ではないか。

7.国内の関心の状況はどうか。

正直なところ現状としてあまり関心は得られていない。策定に関わった専門家もおっしゃっていたが、ジェンダー平等に向けて待ったなしで取り組まなければいけない自治体にまず使ってほしいと思っている。野望としては、これをJIS規格にすれば、日本語で安価に規格を販売できるので、地方自治体も買って読むなど、やってみようと思ってもらえるのではないか。しかしJIS規格にするには政府の了解が必要で、そのハードルは高そうではある。

8.WEPSと組み合わせるというお話があったが、具体的にはどのような形を想定されているか

その点は、専門家が動いてくださっていて、WEPSとISO53800をセットで提供するとうまく行きそうだとアピールしてくださっている。具体的方法までは把握していない。

9.ISO53800ではなくISO全体に関わることと思うが、今日本ではISO関連の人材育成に取り組んでいるということだが、具体的にはどういった人材が不足していて、どのような取り組みがあるのかを教えていただきたい。

言うなればすべての分野で不足しているが、特に国際標準を協議する場で、英語で議論し日本の立場を説明できる専門家が不足しており、若手人材の育成が課題となっている。日本規格協会では研修などを通じて人材育成を進めているが、業界団体も高齢化が進み、若手の参画が求められている。特に女性や若手専門家の参加が期待されている。