社会発信公開イベント
国際カンファレンス「ジェンダード・イノベーションが拓く未来:性差分析による新しい価値の創造」(2022年9月7日)
国際カンファレンス「ジェンダード・イノベーションが拓く未来:性差分析による新しい価値の創造」
ジェンダード・イノベーションには、社会を変える可能性があります。しかし、それはどのように実現できるのでしょうか。ジェンダード・イノベーションの方法論と海外での実践例を学び、日本における新しい価値の創造について考えます。
お茶の水女子大学は2022年4月1日にジェンダード・イノベーション研究所を設立しました。本国際カンファレンスは6月17日に開催したキックオフシンポジウムに続く企画です。
世界的なジェンダード・イノベーション研究の現状と、その理解を深めるための学術的議論の発信を企図しています。
ゲストスピーカー
ロンダ・シービンガー (スタンフォード大学 教授)
マルティナ・シュラウドナー (ベルリン工科大学 教授)
レンブラント・コーニング (ハーバード・ビジネス・スクール 助教授)
開催概要
日時 | 2022年9月7日(水)10:00~12:30(日本時間)[3:00~5:30(ドイツ)] |
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開催方式 | オンライン(Zoomウェビナー) |
対象 | 一般公開(ジェンダード・イノベーション研究に関心のある日本および海外の大学・研究機関等所属の研究者・大学院生・学部生、企業等に所属の方々) |
言語 | 日本語・英語(同時通訳あり) |
主催 | お茶の水女子大学 |
後援 |
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問合 | お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所 ocha-igi@cc.ocha.ac.jp |
プログラム
基調講演
ジェンダード・イノベーション:新しいグローバル・イニシアチブと次のステップ
ジェンダード・イノベーションは、セックス、ジェンダー、インターセクショナルの視点からの分析のクリエイティブ・パワーを、科学、保健・医学、工学、環境分野における発見と革新に結びつけます。
本講演では、ジェンダード・イノベーションの最新の世界的動向を取り上げます。
方法論としては、セックスとセックスの相互作用、セックスとジェンダーの相互作用、そしてインターセクショナリティとは何か、その何が重要なのかを探っていきます。新しいケーススタディとして、触覚学、宇宙旅行、ファストファッション、インターセクショナル・ロボット、そして社会分析を医学、工学、コンピュータサイエンスの基礎教育に組み込む新しい取り組みを紹介します。
そして、政策提言についても議論します。日本の公的助成金制度に関する私たちの国際的な研究が果たした役割、科学ジャーナル『ネイチャー』やその他の学術誌の新しいガイドライン、そしてこれらの取り組みを支援するために大学は何をすべきでしょうか。
参考文献
- ロンダ・シービンガー「ジェンダード・イノベーションズ:科学技術のさらなる卓越性を求めて」(2021年7月2日名古屋大学における講演の記録)、『GRL Studies』Vol.4、23-34頁。
- Tannenbaum, C., Ellis, R.P., Eyssel, F.et al. “Sex and gender analysis improves science and engineering” Nature 575, 137–146 (2019).
ロンダ・シービンガー Londa Schiebinger
スタンフォード大学歴史学科ジョン・L・ハインズ科学史教授。「科学、保健・医学、工学、環境学分野におけるジェンダード・イノベーション」プロジェクト創始者。
「科学と技術におけるジェンダー」研究の国際的な先駆者であり、国連、欧州議会、多くの研究助成機関で講演活動を展開している。
ハーバード大学で博士号を取得。アメリカ芸術科学アカデミー会員。ドイツのアレクザンダー・フォン・フンボルト財団フンボルト研究賞、米国のグッゲンハイム・フェローシップなど栄誉ある賞を多数受賞。2018年にスペインのバレンシア大学、2017年にスウェーデンのルンド大学、2013年にベルギーのブリュッセル自由大学から名誉博士号を授与されている。
多数の著書のうち、邦訳出版は『科学史から消された女性たち:アカデミー下の知と創造性』(工作舎、1992年、2022年9月改訂版発売予定)、『女性を弄ぶ博物学:リンネはなぜ乳房にこだわったのか? 』(工作舎、1996年、2008年第2刷)『ジェンダーは科学を変える!? 医療・霊長類学から物理学・数学まで』(工作舎、2002年)、『植物と帝国:抹殺された中絶薬とジェンダー』(工作舎、2007年)。
ジェンダード・イノベーション関連では、『Gendered Innovations: How Gender Analysis Contributes to Research』(欧州委員会、2013年)、『Gendered Innovations 2: How Inclusive Analysis Contributes to Research and Innovation』(欧州委員会、2020年)、ロバート・プロクター氏との共著『Agnotology: The Making and Unmaking of Ignorance』(スタンフォード大学出版、2008年)などがある。
パネリスト
マルティナ・シュロードナー Martina Schraudner
ベルリン工科大学教授、「技術・製品開発におけるジェンダーと多様性」学部長。フラウンホーファー労働経済・組織研究所の「責任ある研究・イノベーションセンター」設立に携わる。
2018年1月から2021年12月までドイツ工学アカデミーの理事を務めた。多様な視点を理解しイノベーションのプロセスに活用するための、方法論、手段、プロセスに関心を持っている。国内外の、応用志向の研究およびイノベーションプロジェクトの審査委員として活躍しており、特に「ダイバーシファイド・イノベーション」に関心を寄せている。
パーダーボルン大学およびランツフート大学の評議員、政治とビジネス分野の女性のための欧州アカデミーおよび技術・多様性・機会均等能力センターの理事も務めている。
レンブラント・コーニング Rembrand Koning
ハーバード・ビジネス・スクール助教授(戦略ユニット・経営学)。研究テーマは、経営者や起業家がどのように価値創造の手法を発見しているか。その発見手法のバイアスがどのように、企業のパフォーマンスを妨げたり、経営者が有望な新しい方式や才能を見落とす原因になっていたり、イノベーションや競争における不公平をもたらしているかを探究している。
また、企業がそのようなバイアスを克服して、より良い戦略やより包括的なイノベーションを構築する方法も示している。
企業や起業家による発見手法を理解するために、社会学、経済学、経営戦略など様々な学問分野の考え方を取り入れた研究をしている。また、ランダム化比較試験、テキスト分析、機械学習アプローチなど、さまざまな手法を採用している。
オンライン・スタートアップ、科学的発見、生物医学的革新、小売業など、世界中の様々な業種の起業家と企業を調査している。社会的スキルによる小規模ビジネスのアドバイスネットワークにおけるマッチングと普及の改善、A/Bテストによる製品と市場の適合性の発見、男性中心のオンラインプラットフォームが女性のニーズから製品イノベーションを遠ざけていること、企業の境界により米国企業が多様な才能を取り逃がしていること、イノベーションから利益を得る人とイノベーターの属性の関係についての論文を発表している。
藤山真美子 Mamiko Fujiyama
お茶の水女子大学文理融合AI・データサイエンスセンター准教授(都市・建築デザイン)。
都市・建築における空間の存在形態やユーザによる知覚形態が、機能・技術的与件や言語的記述等の外在要因によってのみ決定されるのではなく、対象の歴史・文化・社会的背景等から仮説づけられる形態の統辞関係を統御する内在要因を持つという空間認識論的立場から、現代都市における様々な技術と都市環境の融合形態や中間領域の創成について研究を行っている。
ユーザの環境配慮行動を促すエネルギー情報可視化技術を情報体験空間に拡張した研究、停電発生時のレジリエンスの観点から常時/非常時のエネルギー自立型のトイレ環境を検証した研究、ドローンやデジタルファブリケーション等の技術による設計・施工プロセスの発展可能性に関する研究等など、幅広いフィールドを対象に、都市・建築デザインの研究や実証プロジェクトを行なってきた。
2022年より、お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所の研究員を務めており、都市・建築における従来の空間規範を、性差から捉え直す研究を開始した。現在は、インクルーシブなトイレ環境の形成に向けたオールジェンダー対応型共用トイレに関する研究を進めている
《モデレータ》小川眞里子 Mariko Ogawa
三重大学名誉教授(科学史・科学論分野)。東海ジェンダー研究所理事。2012年博士(学術)(東京大学)。
著書『フェミニズムと科学/技術』(岩波書店 2001)、『甦るダーウィン』(岩波書店 2003)、『病原菌と国家』(名古屋大学出版会 2016)、共訳書にシービンガーの主要著作4冊の翻訳のほか、欧州委員会(リュープザーメン=ヴァイクマン他)『科学技術とジェンダー』(明石書店 2004)がある。
ジェンダード・イノベーションを日本に紹介する記事の執筆などに精力的に取り組んでいる。澤柳政太郎記念東北大学男女共同参画賞(2017年)、令和4年度男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰など。
開催報告
2022年9月7日、「ジェンダード・イノベーションが拓く未来:性差分析による新しい価値の創造」が開催された。本カンファレンスの目的は、世界的なジェンダード・イノベーション研究の現状と、その理解を深めるための学術的議論を発信することである。参加者は326名であった。6月に開催された「ジェンダード・イノベーション研究所設立記念キックオフシンポジウム:新たな産官学連携の創生に向けて」に引き続き、ジェンダード・イノベーション研究が大きな関心を集めていることがうかがえた。
佐々木泰子学長の挨拶では、欧米のジェンダード・イノベーション研究の展開においては、学術界が重要な役割を果たしていることを踏まえて、「日本でも、学術界および大学がジェンダード・イノベーションのイニシアチブをとることが必要であり、お茶の水女子大学がその役割を果たしたい」という意気込みが述べられた。
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)理事長の橋本和仁氏は、来賓挨拶の中で、「JSTはダイバーシティの推進を重要戦略のひとつとして位置づけ、女性研究者の活躍推進に取り組んでいる」と紹介した。また、イノベーションにおいて、女性の数を増やすことと平行して、ジェンダーに関する知識を正していくことの重要性が強調された。これまで考慮されてこなかった性差の視点を研究開発に取り込むという、ジェンダード・イノベーションの概念が、科学技術分野の将来に関わる重要な着眼点として注目を集めていると話した。
『ネイチャー』編集長のマグダナーレ・スキッパー氏はビデオメッセージの中で、現在、『ネイチャー』へ論文を投稿する著者は、研究デザインにおいてセックスやジェンダーをどのように考慮したかを説明することが求められていると紹介した。このセックス/ジェンダー分析の要求によって研究デザインの透明性を高め、最終的には調査結果をより正確にすることを目指しており、ジェンダード・イノベーション研究における包括的な研究エコシステムが必要であると主張した。
ジェンダード・イノベーション研究の第一人者であるスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授の基調講演では、研究プロセス全体にジェンダー視点が存在することの重要性が説明された。生物学的性(セックス)などのただ1つの要素だけを静的に分析しているのでは不十分であり、セックスとジェンダー等の要素間の相互作用分析も必要になるという。交差性(インターセクショナリティ)とは、ジェンダー、セックス、民族性、年齢、社会経済的地位、セクシュアリティ、地理的位置などに関連した差別の重複または交差の形態を説明するものであると説明し、西洋諸国におけるインターセクショナリティの重要な12要素を提示した(参照:Intersectionality)。重要な要素は文化によって異なるため、日本においてはどの要素が重要かを考える必要がある。交差性の要因の全てを一度に検討することは困難であるため、研究課題に最も関連の高い要因を正確に選択する必要があると説明した。
さらに、シービンガー教授は、研究助成機関、査読付き学術誌、大学という3つの科学インフラの調整をはかり、ジェンダード・イノベーションを推進する方法を説明した。第1に、研究助成機関は、申請者に対して、研究においてセックス/ジェンダー分析がどのように関連しているかという説明を要求することができる。第2に、査読付き学術誌は、論文執筆者に対して、セックス/ジェンダー分析の実施を要求することができる。第3に、大学は、セックス、ジェンダー、交差性分析の知識を、医療、工学、コンピュータサイエンスの中核となるカリキュラムに組み入れることができる(参照:Policy Recommendations)。最後に、ジェンダード・イノベーションのために、私たちがやるべきことはたくさんあるといい、講演を締めくくった。
カンファレンスの後半では、工学、経営学、建築学の研究者を迎えたパネルディスカッションが行われた。東海ジェンダー研究所理事の小川眞里子氏と石井クンツ昌子IGI研究所長がモデレーターを務めた。
1人目のパネリストは、ベルリン工科大学のマルティナ・シュラウドナー教授であり、欧州委員会の研究・イノベーション戦略とジェンダー平等について解説した。ジェンダー平等の概念は、欧州基本法やドイツ基本法にしっかりと根づいており、環境、教育、健康問題においても、女性が平等に参画できるような平等戦略がとられているという。また、ドイツ研究振興協会から研究助成金を受けるためのガイドラインは、ジェンダーや多様性について言及するように設定されており、ドイツの科学者は、そのガイドラインにそった教育を受けていることが紹介された。このように、欧州では、ジェンダーは研究やイノベーションに統合されているのだが、性別、社会的地位、宗教、言語といった属性別のデータが不足していることから、交差性分析の実施が今後の課題としてあげられた。性別や社会的地位等の属性別のデータをより多く収集できれば、それらの項目を組み合わせて、一次データ解析やメタ解析において、交差性分析に十分なデータを利用できるようになり、多様なイノベーションが可能になると説明された。
2人目のパネリストは、ハーバード・ビジネススクールのレンブラント・コーニング助教授であり、ジェンダーに配慮したイノベーションがどのように多様な人々に対して恩恵をもたらすかについて、米国特許の実証研究を紹介しながら説明した。教育、キャリア、賃金における男女格差は確かに存在し、各分野における性別の偏り、つまり、女性の経営者や科学者が少なすぎることは、起業や発明から恩恵を受ける男女格差につながっていると指摘した。コーニング助教授が、米国特許40万件を対象に、発明者の性別と発明の性差を調べたところ、発明者が全員女性の特許は、全員男性の特許に比べて、女性の健康に焦点を当てた特許である可能性が高いことが明らかになった。また、健康以外の全ての研究領域で同様の指摘ができるという。この理由は、女性発明者は男性発明者ならば見過ごしてしまうような問題に目を向ける傾向があるからであり、女性発明者が少ないことによって、女性のためになるはずであった何百件もの特許や発明が失われていると指摘した。
3人目のパネリストは、お茶の水女子大学の藤山真美子准教授であり、インクルーシブなトイレ環境の形成に向けたオールジェンダートイレに関する研究について報告した。公共トイレの課題として、従来の男性トイレと女子トイレの2種類のみという、生物学的性差に基づいた設計だけではなく、車いすユーザーやLGBTなど様々な状況を抱えた⼈々も利⽤するという点に配慮する必要があると指摘した。このような多様性への配慮の一つとして、機能や性によって最初から分類されている従来の公共トイレ空間に対し、ひとまとまりの空間で、⾃分が使⽤したい場所を選択できるという、オールジェンダートイレのあり方が提案された。公共トイレ空間が抱える様々な課題に対して、ジェンダード・イノベーションの視点で再検討することで、新しい解決策を提⽰できる可能性があると指摘した。
続いて、各パネリストの報告に対して、シービンガー教授からのコメントがあり、モデレーターとパネリストによるディスカッションが持たれた。
本国際カンファレンスでは、海外でのジェンダード・イノベーションの動向を知ることにより、今後の日本におけるジェンダード・イノベーション推進のためにすべきこと、方向性の示唆を得ることができた。ジェンダード・イノベーションの概念は、日本ではまだ目新しいものだが、藤山准教授の研究に代表されるように、本学ではすでに同様の視点による研究が進められてきた。これをさらに日本全体に展開させていくことが、本研究所が目指すところである。加藤美砂子IGI副所長による閉会の挨拶では、ジェンダード・イノベーションが社会を変革する力となるように、研究所として尽力していくという決意が述べられた。
記録担当:山本咲子(ジェンダード・イノベーション研究所特任リサーチフェロー)
【参加者数】326名